nenuの日記

nenuidoだよ

DUGOUT

RADWIMPSがサブスク解禁されたので、よく聞いていた曲をいくつか辿っていたら高校生のときの思い出が溢れてきて泣きそうになってしまった。夜の部活帰りに大きな橋を友達と自転車で通ったこと、カラオケで終電ギリギリまで騒いだこと、2年くらいかかってやっとバンドを組んで出演できた最後の文化祭のこと。逆に一生思い出したくないような嫌な記憶もあるけど、今の部屋にこもりきりで仕事ばかりしている状況とは真逆とも言えるような、半分夢だったんじゃないかと思うような、アクティブな日々で楽しかった。こういう過去の記憶で感傷的になるときは、自分が生きてきた人生は多少マシなものだったのだと安心したり、美化された思い出に満足すると同時に、その日々には二度と戻れない不可逆性へのやるせなさと、その時間を過ごしている当時の自分ではその輝きが見えないことに不満が募る。今だってそうだ。

 

 

音楽は記憶を刻むものだ。その点では写真よりも日記よりも秋の雨上がりの匂いよりもはるかに優秀で、思い出が鮮明に蘇る。特に同じ曲を何度も繰り返し聴いている時期は、その曲を聞いただけで当時の感覚がありありと感じられる。昔より曲の技巧的な部分に耳が引っ張られてしまうことはあるけど、過去の思い出がフラッシュバックしたときの没入感は凄まじいものがある。

 

 

良い夢を見て目が覚めたのは午前3時半だった。つけっぱなしで寝てしまったコンタクトが痛かった。家を覗きにきた人々を追い返せない夢、父と海外に行く夢、スタートアップの演説をする夢、カジノで4人の友達ができる夢。最初の夢は怖かったが、あとは楽しかった。こういう夢に限って、今幸せだけどこれは夢じゃないから大丈夫だと夢の中で思ったりするし、夢が覚めたときにもう少しさっきの世界に戻りたいと思ってしまう。夢の思い出は音楽では刻めないし4人の名前はもう思い出せない。